fileEX:MY SWEET OKOTA
ドアが叩かれる固い音がよく冷えた室内にこだまする。たまたま玄関の傍にいた色欲は軽く返事をすると足早に近寄り、扉を開いた。
「はい、何でしょ……」
「宅配品です」
外で待ち構えていたのはごくごく普通の運送業者と思われる男とやたら大きな段ボール箱だ。そういえばこの家には1人よく段ボールが似合う人物がいたなあなどと思い返しながら、熱い視線を感じつつさっさと署名を済ませる。中にその荷物を運んでもらうと色欲は男を帰した。そうして施錠してから考える。これは一体何なのだ。
別に心当たりがない訳では無い。というか十中八九、間違いなく、これは彼女の主たる傲慢の仕業であることはひと目で勘づいた。思い返せば今は年末であると同時に月末。ということは例により彼は何かを購入したに違いない。
冷たくなった掌に息を吹きかけ、その段ボール箱を抱える。まだ不審物でないという確証はない。色欲は慎重にそれを抱え仕事場へと運び込むのであった。
「して、貴様。これは一体どういうことだ」
男が1冊の帳面を開き少年の前に叩きつけた――見慣れた光景である。
「ふわふわあったかこたつ布団とは一体どういうことだ!! 説明しろ傲慢!!」
それは数分前のこと。デスクに依然としてニヤニヤと脚を投げる傲慢を除き、一同は色欲が運び込んできた謎の荷物を取り囲み開封の儀を行っていた。憤怒が手にするカッターナイフが心地よい音を立てながらテープを切り裂いていく。皆の視線が集まる中、その箱を解体して出現したのは、他でもなく炬燵だった。
「わは〜憤怒さんが怖い顔でふわふわって言うのなんかおもしろーい!」
「黙れ蛇女ァ!」
嫉妬に向かって怒号が飛ぶ。ひゃー、と声を上げつつも彼女の顔には一向に反省の色など見えはしない。
「まーまーそう怒りなさんなって。たかが炬燵だぞ? 冬の生活必需品じゃねーか。丁度行きつけの家電量販店が歳末決算セールとかやってたもんだからさ、これは丁度いいと思ってぽんと買ってやったってわけ。喜べよ、オレからお前らへのクリスマスプレゼントだ」
「なぁにがセールだ。セールとは言うがな、高いものは高いのだ。貴様は購入する前にまず値段と相談しろと何度言ったら理解する。我々には貯蓄というものが必要なのだ。それを何だ、クリスマスプレゼントだと? 共通の資産から金を引っ張っておいて? たわけ、馬鹿にするのも大概にしろ」
「まああんちゃん、一旦落ち着こうぜ。これから一冬を共に過ごす相棒がやってきたんだ、歓迎してやんなきゃこいつも可哀想ってもんよ」
そんな強欲の言葉にそれもそうである、と不思議と納得してしまった憤怒は握った拳を解いてしまった。確かにやってきた炬燵に罪はない。届いてしまったものは仕方が無いので自分たちはこれを甘んじて受け入れる必要がある――と考えながら声のするほうを見やる。
「にしてもあったかいね……眠たくなってきた……」
「あにさま、とってもいごこちがいいわ! あにさまもいっしょにはいりましょう!」
「色欲さん、アタシ蜜柑食べたーい! おこたで蜜柑食べるの夢だったの!」
「貴様ら……」
目を離しているうちに彼らはと言うと既にふわふわあったかこたつ布団のセッティングを済ませ、その快適空間に潜り込んでいた。暴食に呼ばれては仕方あるまい、と憤怒も渋々その暖かな布団の下に体を忍ばせる。なるほど、なかなか悪くは無い。温もりと安心感を確かに与えてくれる代物だ。
デスクを立った傲慢、蜜柑他お菓子と茶を運んできた色欲も加わり、とうとう7人で炬燵を囲むこととなった。それでも窮屈に感じない広さは七顚屋の貯蓄に痛手を加えた値段故である。
そうして各々談笑するなり蜜柑を黙々と食すなり、怠惰に至っては早々に眠りに落ちるなどして1時間が経過する。時刻は夕方4時。冬のこの時期はそろそろ日も落ち始める頃合いだ。
「傲慢〜俺っちの机からトランプとってきて〜」
「バーカ自分で取ってこい、オレがこっから出ると思うか?」
「え〜じゃあ憤怒」
「自分で行くことだな、元より私もここから出る気はない」
そう言ってはたと気づく。この1時間誰も炬燵を出ることは無かった。自分に加えあの色欲ですらも豊満な胸を机上に乗せて微動だにしない。もしや皆もう既に魔の炬燵の虜になってしまったのではないか?
「もしかしなくても憤怒さん、炬燵気に入っちゃったでしょ」
「そ、そんなことは……」
「とってもいいことだわ。あにさまがやすらげる場所ができたのなら、わたしもとってもうれしいの」
「お嬢……」
つくづくこれが届いたのが仕事納めと大掃除の後で良かったと思う。でなければ今頃どうなっていたことやら、誰もまともに働けなかったに違いない。
「にしても、今年も色々あったよなあ」
「ええ、本当に」
「来年も……またこうやって7人で、年を越せるといいね……」
彼らの七顚屋での共同生活ももう3年が経とうとしている。世界のはみ出しものの彼らに、どうか再び平穏な時間が訪れんことを。
なお、次の日電源コードが突然発火し炬燵が使えなくなったのは言うまでもない。